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台湾生まれの作家、李琴峰が語る『三体』「人間の業を痛感させる文化大革命の描写は、溜息なしには読めない」

2021/05/31

source : 文學界 2020年10月号

genre : エンタメ, 読書, 国際, 娯楽

note

 2021年5月25日、SF長編『三体』三部作(早川書房)が、『死神永生(ししんえいせい)』の刊行を以て完結した。作者は中国の作家・劉慈欣で、世界全体での累計発行部数は2900万部を超える大ヒット作だ(2019年時点)。

 異星人である「三体人」と地球人との攻防を描いた『三体』について、台湾籍の作家である李琴峰さんが、その魅力を語った。(初出:『文學界』2020年10月号、全2回の1回目。2回目を読む

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 エンタメ小説のレビューは書きづらい。うっかりするとネタバレして読者から楽しみを奪いかねないからだ。

 いわゆる純文学とエンタメ文学の境界線は、今やそれほど明確なものではなく、広いグラデーションが存在している。それでも敢えて両者を分けようとする場合、あくまで私見だが、純文学小説はエンタメ小説よりネタバレ耐性が強い。小説である以上物語はもちろん大事だが、純文学の場合、それ以外の要素――文章、言葉選び、人物造形、情景描写、思想性、芸術性など――は物語と同等に、もしくはそれ以上に重要である。うっかりネタバレを食らっても、それ以外の面で大いに審美的な悦楽に浸ることができる。ところがエンタメ小説となると何よりも物語が命である。伏線の回収、謎解き要素、クライマックスとオチ、誰が死んで誰が生きているのか、地球が存続したのか滅亡したのかなど、それ自体が読書する上で最も重要な情報であり、ネタバレされたらとてもたまったものではない。話の筋に触れづらいから、レビューも書きづらいのだ。

 このレビューは、中国作家・劉慈欣によるSF小説『三体』三部作を(原文で)通読した後に書いたものである。執筆時点で日本では『三体Ⅱ 黒暗森林』が刊行されて間もなく、『三体Ⅲ 死神永生』が未刊であることを踏まえ、本稿では『黒暗森林』と『死神永生』のネタバレについて最大限の配慮をするが、それでもレビューの性質上、物語に少し触れる必要がある。どんな些細なことでもネタバレされたくないという方は、今すぐ読むのをやめた方がよかろう。『ハリー・ポッター』のネタバレを知ってしまったがために自殺したアメリカ人男性がいたことは、まだ記憶に新しい。誰も死なせたくないのだ。

李琴峰さん

 なお、『死神永生』に出てくる人物名や用語については、日本語訳が未刊なので、全て筆者が作った仮訳である。

よく作り込まれたエンタメ小説

 これもまた普段純文学小説を中心に読書している私の私感だが、純文学小説を読むことは視界の暗い鬱蒼と茂る森での探検に似ている。読む側はいつも戦々恐々とテキストに向き合い、気を抜くと何か大事なことを、作品の核みたいなものを読み落とすのではないかという恐怖を常に抱え、一字一句たりとも見落とさぬ丁寧さで読み解いていかなければならない。だから読み進めるのが遅い。積極的な読みを読者に要請するのが純文学の特徴の一つだろう。