ニュース

予言から80年以上実在が証明できなかった“幻の粒子”「マヨラナ粒子」が発見

~より安定動作する「トポロジカル量子コンピュータ」の実現につながる一歩

 京都大学および東京大学東京工業大学は、同学所属の研究者グループが、極低温ではなく高温でも動作可能な「トポロジカル量子コンピュータ」の実現につながる幻の粒子「マヨラナ粒子」を発見したと発表した。

 研究を行なったのは、京都大学大学院理学研究科の笠原裕一准教授、松田祐司同教授、大西隆史同修士課程学生(研究当時、現:富士通株式会社)、馬斯嘯同修士課程学生、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎 教授、水上雄太 同助教、東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授、東京工業大学理学院の田中秀数教授、那須譲治同助教、栗田伸之同助教、東京大学物性研究所の杉井かおり研究員らの共同研究グループ。

 同研究グループは、蜂の巣状の平面構造をもつ磁性絶縁体「塩化ルテニウム(α-RuCl3)」において、熱ホール効果が量子力学で規定される普遍的な値を取ることを発見し、「マヨラナ粒子」を実証することに成功したという。

 本研究では、マヨラナ粒子が存在する決定的な証拠が得られただけでなく、マヨラナ粒子による量子化現象が高い温度で実現することも明らかにしており、マヨラナ粒子の制御方法を開発することで、高温でも動作可能なトポロジカル量子コンピュータへの応用が期待できるとしている。

マヨラナ粒子とトポロジカル量子コンピュータ

 物質を構成する陽子や電子は「フェルミ粒子」と呼ばれ、通常、反粒子が別の粒子として存在する。たとえば、電子(電荷-e)の反粒子は陽電子(電荷+e)で、異なる符号の電荷を持つため、これらは別の粒子と見なせる。

 マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一という特異な性質をもった“中性のフェルミ粒子”で、素粒子の1つとして、イタリアの物理学者Ettore Majoranaによって1937年に存在が予言された。

 現在、「ニュートリノ」がマヨラナ粒子の候補とされているが、素粒子物理学の実験ではこれまで存在が確認されておらず、80年以上の間、存在の確証が得られていない「幻の粒子」となっていた。

 このマヨラナ粒子は「非アーベル量子統計」と呼ばれる特殊な統計に従っている。その性質を用いることで、環境ノイズに対して強く量子情報を安定に保つことができる、「トポロジカル量子コンピュータ」を実現できると考えられており、近年、マヨラナ粒子がある種の超伝導体や磁性体中で、準粒子として現れる可能性が指摘され、大きな注目と期待を浴びていた。

 現在研究されている量子コンピュータは、0と1の量子力学的重ね合わせ状態をとれる量子ビットを用いて超並列性を実現するもの(ゲート方式)だが、この「重ね合わせ状態」の量子ビットは極めて不安定で、温度や磁場といった環境ノイズに非常に弱いという問題を抱えている。

 一方で、トポロジカル量子ビットは、「トポロジー(位相幾何学)」と呼ばれる連続的に変形させても保たれる性質によって保護された量子状態のビットを指す。

 トポロジーとは「取っ手のついたコーヒーカップとドーナッツは連続的に移り変われるが、ボールは“穴の数”というトポロジーで区別できるため、それらと連続的に移り変わることができない」といった概念であり、トポロジカル状態は、不純物などのかく乱の影響を受けないという特徴がある。

 トポロジカル量子ビットによって、前述のとおり環境ノイズに対して強い量子コンピュータを実現できれば、より実用性の高いコンピュータを開発できるため、米Microsoft Researchも、マヨナラ粒子によるトポロジカル量子ビットの研究を行なっている(Microsoft、「トポロジカル量子ビット」の実現で汎用量子コンピュータの実現に近づく)。

磁性絶縁体の量子スピン液体状態からマヨラナ粒子の存在を証明

 研究グループは、「キタエフ模型」と呼ばれる理論模型の提案を契機に、新しい物質系として注目されている磁性絶縁体を使って実験を行ない、マヨラナ粒子の存在証明を行なった。

 通常の磁性体では、温度を下げていくと、磁性を担う電子スピンは同じ向きに整列し、磁石となるが、キタエフ模型では、絶対零度においてもスピンは整列せず、「量子スピン液体状態」と呼ばれる状態が現れる。

 量子スピン液体状態は、電子スピンが複数のマヨラナ粒子に分裂することで、トポロジーによって保護された量子状態が実現するという特徴があり、最近になって、このようなキタエフ模型の候補物質がいくつか見つかっている。

キタエフ模型のイメージ図(左)。蜂の巣格子の格子点上の電子スピンが複数のマヨラナ粒子に分裂する
α-RuCl3の熱ホール伝導度の磁場依存性(右)。磁場を変化させると、ある磁場範囲で熱ホール伝導度が量子化熱伝導度(=(π/6)(kB2/ħ))の1/2倍で一定となり、半整数量子化が観測された

 研究グループは、キタエフ模型の候補物質である磁性絶縁体「α-RuCl3(塩化ルテニウム)」の量子スピン液体状態において、一定の温度下で磁場を変化させながら、熱ホール伝導度を非常に高い精度で測定。

 その結果、ある範囲の磁場で、熱ホール伝導度が磁場や温度によらず、量子力学で規定される普遍的な値(量子化値)のちょうど半分の値で一定となることを見出したという。

 このホール伝導度が量子化値の整数倍または分数倍となる現象は、「量子ホール効果」と呼ばれているもので、試料の端(エッジ)には、エネルギー散逸がなくトポロジカルに保護された「エッジ流」が流れ、整数量子ホール効果では「電子」、分数量子ホール効果では準粒子として現れる「分数電荷」によって、エッジ流が運ばれる。

 今回、電気が流れない絶縁体において熱ホール効果が量子化していることから、電荷を持たない粒子に由来する量子ホール効果であることが示されたという。

 加えて、熱ホール伝導度が量子化値の2分の1倍ということ(半整数量子化)は、熱を運ぶ粒子が電子の半分の自由度を持っていることを示しており、その粒子がマヨラナ粒子であることがわかる。

 したがって、整数・分数量子ホール効果に次ぐ「第3の量子ホール効果」を発見したとしており、この「半整数量子化」は、理論的には予言されていたものの、観測例はなく、今回の研究がはじめての実験的証明になるという。

電子・分数電荷による量子ホール状態(左)、およびマヨラナ粒子による量子ホール状態における熱ホール効果のイメージ図(右)。試料の端(エッジ)に沿ってエネルギー散逸がなくトポロジカルに保護されたエッジ熱流が流れ、電子や分数電荷、または電子スピンの分裂によって生じたマヨラナ粒子によってエッジ熱流が運ばれる

 これまでの超伝導体を用いた研究では、マヨラナ粒子による量子化現象が期待される温度は0.01K(ケルビン、-273.14℃相当)程度の極低温に限られていたが、今回の研究では、それよりも2桁以上高い温度(5K=-268.15℃程度)で半整数量子化が観測されており、高温でマヨラナ粒子にまつわる量子化が出現することが明らかとなった。

 今回対象とした物質のように、電子同士が強く相互作用し合う物質(強相関電子系)のトポロジカル物性は未開拓であり、今後の研究の展開により新しい量子現象の開拓が期待されるとともに、量子スピン液体に現れるマヨラナ粒子の制御法を開発することで、高温でも動作可能なトポロジカル量子コンピュータへの応用が期待できるとしている。

 研究成果は、7月12日に英科学雑誌「Nature」にオンラインで掲載される。