音楽学
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田中正平の日本製の「純正調」オルガン――「廣義の純正調」の具現化――
篠原 盛慶
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2020 年 65 巻 2 号 p. 73-89

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抄録

  1932年、物理学者の田中正平(1862~1945)は、エンハルモニウムの名で知られるドイツ製の「純正調」オルガンを改良し、日本製の「純正調」オルガンを開発した。田中の主著『日本和聲の基礎』(1940)では、純正律による調律法、すなわち純正調が、「純正調」・「本格の純正調」・「廣義の純正調」に種別されている。しかし、同楽器が、これらのどれを念頭に置いて設計されたのかは明らかにされていない。
  同著からは、エンハルモニウムが「本格的純正調に依り設計せられたから、自然七度の發聲に缺くるところが多かつた」ため、日本製オルガンは「十分に自然七度を出し得るやうに改案して」作製された可能性が読み取れる。本論文は、主にこれらの記述の検証と考察を通じて、同楽器がどの種の純正調を念頭に置いて設計されたのかを明らかにするものである。
  最初に、田中の音律理論の基礎にある53純正律とこれに近似する53平均律を概説した上で、日本製オルガンに適用された音律が、一般的に認識されている純正律ではなく、1/8スキスマ・テンペラメントであることを示した。次に、同楽器の21鍵から奏出される31音を考察し、純正7度(7:4)の代用音程(225:128)に近似する整律された音程が、エンハルモニウムよりも5個多く奏出されることを確認した。最後に、先の記述などを考察し、既発表論文で53平均律が適用されたとの見解を示したエンハルモニウムが「本格の純正調」(5リミットの純正調の意)を、日本製オルガンが「廣義の純正調」(7リミットの純正調の意)を念頭に置いて設計されたことを明らかにした。
  日本製オルガンがエンハルモニウムとは異なる種の純正調を念頭に置いて設計された大きな理由として、田中が音楽学者の田辺尚雄らと行なった邦楽研究を通じて、西洋の和声理論の枠組みに収まらない音程を受容できる柔軟な耳を培ったことが挙げられる。その具体的な検証については今後の課題としたい。

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