日経サイエンス  2020年3月号

特集:『三体』の科学

編集部

異星文明とのファーストコンタクトを扱った『三体』はSFの歴史に新たなページを加える作品だ。著者は中国の作家,劉慈欣(りゅう・じきん,リウ・ツーシン)。SF雑誌「科幻世界」に連載された後,2008年から3部作として刊行,中国国内ではシリーズ合計で2100万部以上に達するベストセラーになった。著者のエッセイによると,本来の主要読者層(高校生から大学生)ではないIT(情報技術)起業家や科学者,エンジニアも注目し,理論物理学者による解説書も出版されているという(『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(早川書房)に収載された「ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF」より)。
2014年刊行の英語版はSF界最高のヒューゴー賞を英語圏以外の長編翻訳書として初めて受賞。オバマ大統領(当時)やフェイスブック創業者のザッカーバーグらが愛読していることで評判を呼び,シリーズ合計で100万部以上に達している。日本でも2019年夏に第1部『三体』(早川書房)が刊行され,翻訳SFのハードカバーとしては異例の13万部を突破する大ヒットになった。第2部『黒暗森林』は2020年初夏,第3部『死神永生』は2021年に出版の予定だ。
著者によると,三体3部作は「ありとあらゆる宇宙の中で最悪のケース,人類の存在にとって思いつく限りもっとも過酷で暗澹とした宇宙」を描いたが,それは「われわれが最良の地球を求めて努力できると願うから」だという(前出のエッセイより)。「可能性の文学」(同上)であるSFでは地球外知的生命との遭遇は古典的なテーマだが,太陽以外の恒星の周りを回る「系外惑星」の探索や生命の起源の研究が本格化する今,現実の科学でも重要な研究テーマになりつつある。
『三体』によって地球外生命に対する見方や私たちの宇宙観にどんな新風が吹き込まれるのか,本特集では作品を支える天文学や物理学の研究最前線を踏まえて詳しく解説する。併せて,昨秋初来日した劉氏を迎えて開かれたシンポジウムでの,SFと科学の関連性にかかわる氏の発言をまとめて紹介する。

 

SF小説『三体』に見る天文学最前線 系外惑星の先にある異星文明  中島林彦/協力:須藤 靖

『三体』に出てくる量子通信は可能か?  古田彩/協力:井元信之
三体問題に進展 周期解に新たな予想  R. モンゴメリー
作者 劉 慈欣が語るSFと科学技術  語り:劉 慈欣