東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) はじめ、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学、神戸大学が参加する、米国・ヨーロッパ・日本を中心とした国際共同実験グループ XENON コラボレーションは、暗黒物質直接探索実験において世界最高感度を持つ XENON1T 実験で得られた観測データに、これまで予想していなかった過剰な事象が見つかったと発表しました。

過剰な事象の原因についてはまだ完全には解明されていませんが、自然に存在する水素の放射性同位体であるトリチウムが極僅かに検出器中に含まれていた可能性、未知の素粒子である太陽アクシオンの可能性、または、これまで知られていなかったニュートリノの性質による可能性があります。XENON1T 実験は、次期計画のXENONnT 実験へのアップグレードを行っており、今回発表された事象超過の原因をXENONnT 実験で明らかにできると期待されます。

本研究成果は、XENON コラボレーションが日本時間6月17日に研究者向けに行ったオンラインセミナーで公表されました。

神戸大学からは、大学院理学研究科物理学専攻の身内賢太朗 准教授 (機関代表 (PI))、同専攻の竹内康雄 教授、水越彗太 大学院生、上野龍一 大学院生、前田剛志 大学院生が本共同実験グループに参加しています。

発表内容

©XENON collaboration
写真1:XENON1T Time Projection Chamberを下からみたところ
底部の白いPTFEの保持構造の間に見えているのは光電子増倍管の後部である。光電子増倍管はチェンバー内部で生じる事象によって発生するシンチレーション光を捉える。円筒部には電場を発生する銅のリングが配置されており、事象によって生じる電離電子をチェンバーの上部までドリフトさせる。

私たち宇宙の物質の約85%は、暗黒物質 (ダークマター) という未知の物質で構成されることが、様々な宇宙観測から得られた間接的な証拠によって判明しています。そして暗黒物質がなくては、星、銀河、我々も誕生しなかったことがわかっています。しかし、未だ決定的で直接的な検出はされておらず、暗黒物質がどのような性質を持ちどういった物質なのかいう具体的なことは分かっていません。そのため現在、実験と理論の両面から活発に研究が行われています。

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) はじめ、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学、神戸大学が参加する国際共同実験グループ XENON コラボレーション (注1) は、暗黒物質の直接検出を目的として XENON1T 実験を行ってきました。XENON1T 実験は、イタリアのグランサッソ国立研究所 (INFN, Laboratori Nazionali del Gran Sasso) の地下研究所において2016年より稼働を始め、2018年まで実施された実験です。検出器は、暗黒物質の証拠を直接捉えるために設計されており、約-100℃ の低温に冷却した超高純度な液体キセノンを3.2トン使用し、そのうち2.0トンが暗黒物質の標的として用いられました。暗黒物質や身の回りの放射線などが液体キセノンと相互作用をすると、キセノン原子から非常に僅かな光信号や電子信号が発生します。その光信号や電子信号を光電子増倍管 (PMT) で捉え、暗黒物質の検出を行います。

XENON1T 実験は、暗黒物質の有力な候補である Weakly Interacting Massive Particle (WIMP) と通常の物質の相互作用の頻度に関して世界で最も厳しい制限を与えています。また、WIMP のみならず多くの新しい物理現象の探索も可能で、例えば、ニュートリノ質量構造の謎を解く鍵となるニュートリノを伴わない2重ベータ崩壊の探索も行うことができます。この探索に関連して、これまで直接測定されたことのなかった最も稀な核崩壊の観測結果を昨年 Nature 誌に発表するなど成果をあげています。

XENON コラボレーションは、これまでのデータを解析し、今回更なる観測結果を発表しました。暗黒物質と液体キセノンの衝突頻度は非常に稀で、観測される殆どの事象は検出器中に含まれている放射性物質に由来します。そのため、XENON1T 実験の解析においては、背景事象の数を精密に評価し、得られた観測データと既知の背景事象との比較を行う必要があります。しかしながら、そのような背景事象の排除を行ってもなお、予想されていた232個の背景事象を53個も上回る有意な超過事象が観測されました。

この過剰な事象の原因についてはまだ完全には解明されていませんが、いくつかの可能性が考えられます。1つめは、これまで考えられていなかった背景事象の可能性です。水素の放射性同位体であるトリチウム (1つの陽子と2つの中性子を持つ水素原子, 注2) は自然界に極微量 (地上の水素の1兆分の1の100万分の1(10-18)) 存在し、観測された事象と似たエネルギーの電子を放出して崩壊します。1025個のキセノン原子に対して数個のトリチウムがあれば、観測された過剰分を説明することができます。非常に微量な存在量のため、検出器内にこのレベルのトリチウムが存在しているのか、いないのか、決定的な答えはまだ出ていません。

2つめは、新しい素粒子の可能性です。実際、観測された超過分のエネルギースペクトルは、太陽で生成されたアクシオンから予想されるエネルギースペクトルに非常に良く似ています。アクシオン (注3) とは、強い相互作用のCP対称性を保存するために提案された未知の素粒子であり、太陽中で絶えず生成されている可能性があります。太陽アクシオン自体は暗黒物質の候補ではありませんが (初期宇宙に生成されたアクシオンが暗黒物質になる可能性もあります)、もし、アクシオンを検出できれば、素粒子物理学のみならず、天体物理学にも大きな影響を与える可能性があります。

©XENON collaboration
写真2:水チェレンコフ型検出器の中心に懸架されたXENON1T検出器
液体キセノンを用いたTime Projection Chamberと呼ばれる装置で、ステンレス製の容器に収められている。スーパーカミオカンデでも使われている水チェレンコフ型検出器は、ここでは宇宙線ミューオンなどの雑音の排除のために使われているが、日本のXMASS実験で初めて暗黒物質探索実験に導入された。

3つめの可能性は、私達の体を無数にすり抜けているニュートリノの新たな性質に起因するものです。もし、ニュートリノの磁気モーメントが素粒子物理学における標準理論から予想される値よりも大きいと、この超過事象を説明することができ、標準理論を超える理論の大きなヒントになりえます。

今回観測された超過事象は、上記に挙げた3つの可能性のうち、太陽アクシオンからの信号と最も良く一致しています。統計的には、太陽アクシオン仮説の有意性は3.5 σ (標準偏差) で、観測された超過が統計的なゆらぎによるものである可能性が約2/10,000の確率であることを意味しています。この有意性は高いものの、太陽アクシオンが存在すると結論づけるには十分ではありません。トリチウムとニュートリノの磁気モーメント仮説の有意性はいずれも3.2σに相当し、どちらかに起因している可能性もあります。

XENONコラボレーションは、現在次期計画である XENONnT 実験に向けて検出器をアップグレードしています。XENONnT 検出器は、XENON1T 検出器の約3倍の液体キセノンを使用し、XENON1T 実験よりも背景事象の低減を達成することが可能となります。XENONnT 実験で得られる、より高感度なデータを用いることで、今回示された事象超過が単なる統計的な偶然なのか、これまで考慮していなかった背景事象によるものなのか、あるいは既知の物理学を超えた新しい素粒子や相互作用によるものなのか、明らかになると期待されます。

参考URL: XENONコラボレーションによるプレスリリース (英語版)

研究支援

※ 日本グループの XENON1T 及び XENONnT実験に関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業 (18H03697, 18KK0082, 19H05802, 19H05805, 19H00675, 19H01920) の支援を受け行われています。

用語解説

注1) XENON コラボレーション
米国・ヨーロッパ・日本を中心とした10カ国28機関の163人の研究者から構成される。日本からは、東京大学・名古屋大学・神戸大学が参加している。
注2) トリチウム
通常の水素原子が陽子1つを原子核として持つのに対し、トリチウムは陽子1つと中性子2つを持つ水素原子。原子核が不安定な放射性同位体である。地球に降り注ぐ宇宙線と大気中の酸素や窒素と反応することでも生み出され、自然界にごく僅かに存在している。
注3) アクシオン
理論的に存在が予言されている未発見の粒子。原子核をまとめている強い力 (強い相互作用) では CP 対称性が破れている現象は観測されていない一方で、強い力を記述する量子色力学 (QCD) では観測にかかるほど強くCP 対称性を破る相互作用が存在し、CP 対称性は実現されないと考えられる。この実験と理論の矛盾は「強い相互作用の CP 問題」と呼ばれる。素粒子物理学者のRoberto Peccei 氏とHelen Quinn 氏は、ペチャイ-クイン機構を提唱しこの矛盾を解決した。彼らの機構で示された新たな対称性が自発的に破れ、それによって現れるアクシオンがQCDにおけるCP対称性を実現する。様々な手法によりアクシオンの探索が現在も行われている。

論文情報

タイトル
“Observation of Excess Electron-Recoil Events in XENON1T”
著者
XENON Collaboration
プレプリント
arXiv

研究者